データで解き明かすクリエイティブ効果:デジタルマーケターのためのGTMイベントトラッキング設計入門
はじめに:クリエイティブ効果測定の課題とデータ活用の可能性
デジタルマーケティングにおいて、魅力的なクリエイティブは成果を左右する重要な要素です。しかし、「このバナーは良い感じだ」「ランディングページのデザインを変更したら直帰率が下がった気がする」といった感覚的な評価にとどまり、具体的な効果を定量的に測定し、次の改善に繋げることが難しいと感じているマーケターの方は少なくないかもしれません。
特に経験を重ねるにつれて、感覚だけでなくデータに基づいた根拠を持ちたい、クリエイティブ施策の貢献度を明確にしたいという課題意識は高まるのではないでしょうか。
データ分析は専門知識が必要でハードルが高いと思われがちですが、Google Tag Manager(GTM)のようなツールを適切に活用することで、デジタルマーケター自身がクリエイティブの具体的な効果を測定し、「データに基づいた改善サイクル」を回す道が開けます。
この記事では、デジタルマーケターがクリエイティブ効果を定量的に把握するために、GTMを使ったイベントトラッキングをどのように設計し、そのデータをどう活用すれば良いかについて、基本的な考え方から実践的なアプローチまでを解説します。
なぜクリエイティブ効果測定に「データ」が必要なのか
クリエイティブの評価を感覚に頼るだけでは、以下のような課題が生じやすくなります。
- 効果の再現性が低い: なぜ成果が出たのか、あるいは出なかったのかの理由が不明確なため、成功パターンを次に活かすことが難しい。
- 最適化の方向性が不明確: 改善点や優先順位が主観になりがちで、効率的な施策改善ができない。
- 関係者への説明困難: データという客観的な根拠がないと、上司や他部署(特にデータ分析担当者やエンジニア)への提案や協力を得るのが難しくなる。
- 機会損失: 本当は効果があるクリエイティブを見逃したり、効果のないクリエイティブにコストをかけ続けたりする可能性がある。
これらの課題を解決し、クリエイティブ施策の効果を最大化するためには、データを活用した定量的な効果測定が不可欠です。データは、クリエイティブのどの要素がユーザーの行動にどのように影響しているのかを客観的に示してくれる羅針盤となります。
クリエイティブ効果測定のためのKPI設定
クリエイティブの効果を測定するためには、まず「何を測定するか」を明確にする必要があります。これがKey Performance Indicator(KPI)の設定です。クリエイティブの種類や目的によって見るべきKPIは異なります。
クリエイティブの種類と測定例
- バナー広告/CTAボタン:
- クリック率(CTR)
- クリック後のページの離脱率/直帰率
- クリック後のコンバージョン率(CVR)
- 特定のマイクロコンバージョン(例:次のステップへの進捗)
- ランディングページ (LP):
- 滞在時間、平均セッション継続時間
- スクロール深度(ページのどのくらいまで見られているか)
- 主要なセクションや情報の閲覧率
- フォーム表示、フォーム入力開始、フォーム完了などのコンバージョンイベント
- ページ内の特定要素(動画、タブ、アコーディオンなど)の操作率
- 記事コンテンツ内の画像や図、見出し:
- 記事全体の滞在時間やスクロール深度との相関
- 画像や図のクリック(拡大表示など)
- 見出しやセクションへの到達率
- サイト共通の要素(ヘッダー、フッター、サイドバーなど):
- ナビゲーション要素やプロモーションバナーのクリック率
- サイト内検索の利用率
これらのKPIのうち、特にユーザーの具体的な行動を示すものは「イベント」として計測することで、より詳細な分析が可能になります。
GTMを使ったイベントトラッキングの基本
Google Tag Manager(GTM)は、Webサイトやアプリ上のタグ(トラッキングコードなど)を一元管理できるツールです。GTMを使うことで、HTMLコードを直接編集することなく、特定のユーザー行動を「イベント」として定義し、計測することができます。
GTMの基本的な構成要素は以下の3つです。
- タグ (Tag): 計測したい情報を特定のツール(例:Google Analytics 4 (GA4), 広告コンバージョントラッキングタグなど)に送信するためのコードスニペットです。
- トリガー (Trigger): タグをいつ、どのような条件で発火させるか(実行するか)を定義します。例えば、「ボタンがクリックされたとき」「特定のページが表示されたとき」「ページの特定の位置までスクロールされたとき」などです。
- 変数 (Variable): トリガーの条件やタグに渡す情報を保持するものです。例えば、クリックされた要素のテキストやURL、ページのURL、スクロール率などがあります。
これらの要素を組み合わせることで、「〇〇という要素がクリックされたら(トリガー)、その情報を△△というイベントとしてGA4に送信する(タグ)。このイベントには、クリックされた要素のテキスト(変数)を含める」といった設定が可能になります。
デジタルマーケターのためのGTMイベントトラッキング設計例
具体的なクリエイティブ効果測定のためのイベントトラッキング設計例をいくつかご紹介します。
1. 特定のCTAボタンやバナーのクリックを計測する
最も基本的なイベントトラッキングです。どのクリエイティブ要素がクリックされやすいかを知ることで、デザインやテキストの効果を比較・検証できます。
- 目的: 特定の要素(例:資料請求ボタン、キャンペーンバナー)のクリック数を計測する。
- 設定:
- トリガー: 「クリック」トリガーを設定します。特定のCSSセレクタやクリックされた要素のID、クラス名、テキストなどを用いて、計測したいボタンやバナーだけがクリックされたときに発火するように条件を絞り込みます。
- タグ: GA4イベントタグを設定します。イベント名を例えば
creative_click
とし、イベントパラメータとしてcreative_name
(例: 'cta_document_request'),creative_type
(例: 'button', 'banner') などを変数で送信します。
- 活用: GA4のイベントレポートで、どのクリエイティブ要素がどれだけクリックされているかを確認できます。これにより、クリック率の高いデザインや訴求軸を特定できます。
2. LP内の動画再生・完了を計測する
動画はリッチなクリエイティブ要素ですが、単にページに埋め込んでいるだけでは、どれくらい見られているか分かりません。動画の再生や完了を計測することで、動画クリエイティブの効果を評価できます。
- 目的: LPに埋め込まれた動画(例:YouTube動画)の再生開始や視聴完了を計測する。
- 設定:
- トリガー: GTMの組み込み変数にYouTube動画に関するものがあります。これを利用するか、カスタムイベントなどを用いて動画の再生開始や完了を検知するトリガーを設定します。GTMの「動画エンゲージメント」トリガータイプも利用可能です。
- タグ: GA4イベントタグを設定します。イベント名を例えば
video_engagement
とし、イベントパラメータとしてvideo_title
,video_url
,video_percent
(例: 25, 50, 75, 100) などを送信します。
- 活用: GA4で動画の視聴完了率を確認し、動画の内容や長さを改善するヒントを得られます。例えば、多くのユーザーが途中で離脱している場合は、動画の冒頭で離脱を招く要素がないか、構成を見直す必要があります。
3. LPのスクロール深度を計測する
LPは縦長になることが多く、ユーザーがページのどこまで見ているかを知ることは、クリエイティブの構成や配置を最適化する上で非常に重要です。
- 目的: LPのスクロール深度(例:25%, 50%, 75%, 100%)を計測する。
- 設定:
- トリガー: GTMの「スクロール深度」トリガーを使用します。「縦方向スクロール深度」を選択し、計測したいパーセンテージ(例: 25, 50, 75, 100)を設定します。特定のページでのみ発火するように条件を指定します。
- タグ: GA4イベントタグを設定します。イベント名を例えば
scroll_depth
とし、イベントパラメータとしてscroll_percentage
を変数で送信します。
- 活用: GA4でスクロール深度レポートを確認し、多くのユーザーが離脱するポイントを特定します。そのポイントにあるクリエイティブ要素(テキスト、画像、CTAなど)に課題がある可能性が高いと考えられます。ヒートマップツールと組み合わせることで、より詳細なボトルネック分析が可能です。
4. フォーム入力開始・完了を計測する
フォームはLPの最終的な目標地点であることが多いですが、ユーザーがどこで離脱しているかを知ることは、フォームクリエイティブ(入力項目、デザイン、導線)の改善に役立ちます。
- 目的: フォームへの入力開始と完了を別々のイベントとして計測する。
- 設定:
- トリガー(入力開始): フォーム内の入力フィールドにユーザーが初めてフォーカスしたときに発火するトリガーを設定します。これはフォームフィールドのIDやクラス名を用いた「要素の可視性」トリガーや、カスタムJavaScript変数と連携させたクリック/変更トリガーなどで実現可能です。
- トリガー(完了): フォーム送信ボタンのクリックや、送信完了ページへの遷移などをトリガーとして設定します。「フォーム送信」トリガーが利用できる場合もありますが、ウェブサイトの構造によって設定方法が異なります。
- タグ: それぞれのトリガーに対してGA4イベントタグを設定します。イベント名を
form_start
とform_submit
のように分け、フォームの種類を示すパラメータ(例:form_name
)などを送信します。
- 活用: GA4で
form_start
からform_submit
への完了率を確認することで、フォーム離脱率が高いポイントを特定できます。入力開始しているのに完了しないユーザーが多い場合、フォームのデザインや入力項目の多さ、エラー表示の分かりにくさなど、フォーム自体のクリエイティブや導線に課題があると考えられます。
GTMの設定とデータ活用への繋げ方
これらのイベントトラッキングを設定するには、GTM管理画面で以下の手順で進めるのが一般的です。
- 組み込み変数/ユーザー定義変数の有効化/作成: クリックされた要素のテキストやID、ページのURLなど、トリガーの条件やタグに渡したい情報を取得するための変数を準備します。
- トリガーの作成: イベント発火の条件を定義します。計測したいユーザー行動の種類(クリック、ページの表示、スクロールなど)に応じて適切なトリガータイプを選択し、特定の要素やページに限定する条件を設定します。
- タグの作成: GA4イベントタグを選択し、イベント名、イベントパラメータを設定します。ステップ1で準備した変数をパラメータの値として利用します。
- トリガーとタグの関連付け: 作成したタグが、作成したトリガーによって発火するように紐付けます。
- プレビューモードでのテスト: 設定が正しく機能するか、GTMのプレビューモードを使って実際のウェブサイト上で詳細に確認します。計測したい操作を行ったときに、意図したタグが発火し、GA4に正しい情報が送信されているかを確認します。
- 公開: テストで問題がなければ、設定を公開します。
データがGA4に蓄積されたら、探索レポートなどを活用して分析を行います。単に数字を見るだけでなく、「なぜこの数字なのか?」というクリエイティブ視点での問いを持つことが重要です。
- このCTAはクリック率が高い。デザインか、テキストか、配置か? A/Bテストで検証してみよう。
- LPのこのセクションでスクロールが止まっているユーザーが多い。そこの情報はユーザーの関心を引いているのか、それとも分かりにくいのか? ヒートマップやユーザー行動分析ツールで詳しく見てみよう。
- 動画の視聴完了率が低い。冒頭のクリエイティブに問題があるのか、動画自体が長すぎるのか? 動画コンテンツの内容を見直してみよう。
このように、データ分析担当者とも連携しつつ、得られたデータからクリエイティブ改善の仮説を立て、次の施策に繋げていくサイクルを回すことが、「データ×クリエイティブ思考」の実践となります。自身で基本的なイベント計測ができるようになれば、データ分析担当者に具体的なデータ取得を依頼する際にも、より的確なコミュニケーションが可能になります。
まとめ
デジタルマーケティングにおいて、クリエイティブの力とデータ分析の力はどちらも不可欠です。特にクリエイティブの効果を定量的に測定し、改善に繋げるためには、データに基づいたアプローチが欠かせません。
この記事でご紹介したGTMを使ったイベントトラッキングは、デジタルマーケター自身がクリエイティブ効果を「見える化」するための一つの強力な手段です。特定のボタンクリック、動画視聴、スクロール深度、フォーム操作といったユーザーの具体的な行動をイベントとして計測することで、クリエイティブのどの要素がユーザーに響き、どの要素がボトルネックになっているのかをデータで解き明かすことが可能になります。
GTMの設定は一見技術的に思えるかもしれませんが、基本的な考え方と構成要素を理解すれば、デジタルマーケターの皆さんでも十分に取り組むことができます。イベントトラッキングによって得られたデータは、単なる数字の羅列ではなく、クリエイティブ改善のための具体的な示唆を含んでいます。この示唆を基に、データ分析担当者とも連携しながら、より成果に繋がるクリエイティブ施策を展開していきましょう。感覚とデータの両輪で、デジタルマーケティングの成果を最大化していくことが重要です。